2012年11月25日日曜日

これまでの自分があって今、思うこと。(加川 泉さん)


みなさんこんにちは。はじめましての方よろしくお願い致します。北見市にある居宅介護支援事業所たおの加川泉です。今年春、社会福祉士会に入会し2度の研修に参加させてもらいましたが、結構な人見知りのため諸先輩方を前にとても緊張しました。仕事として利用者さんのお宅におじゃまする時には大丈夫なのに…不思議です(苦笑)参加する度に症状緩和していきますように。

迂回路を通り社会福祉士へ

 中学からなりたかった看護師。就職し10年が経って、看護行為や業務で毎日が過ぎてしまう現状から、もっと人と向き合える仕事がしたいと思い、ケアマネージャーに方向転換しました。ケアマネは利用者さんやご家族の声と、疾患や生活環境らを照らし合わせ、一緒に課題を解決していくそのケアマネジメント力のみならず、制度的知識、コミュニケーション能力などなど、求められるものは幅広く果てしない職業ですよね。到底、一人であれこれ解決できる訳はなく、沢山の事業所や医療機関のみなさんの専門性に触れ、利用者さんのために最強なチームを結成することも大事な仕事と感じています。

 私がこの仕事を続けていく中で、困難事例に的確なアドバイスをいただいたり、手際よくアセスメントしたり、とにかくこの人ってすごい!と度肝を抜かれた方々の共通職種が「社会福祉士☆」でした。
ケアマネに相談援助は欠かせない→看護学校では詳しい相談援助技術は習っていない→社会福祉士の皆さんの仕事っぷりが素晴らしい→介護保険制度以外の制度がわからない→ならば私も社会福祉士通信教育はじめようじゃないのぉ!!って状況で願書を提出。
 でも19科目を克服し合格することは、想像以上の受難の日々でした。応援してくれた家族や色んなアドバイスをくれた社会福祉士のみなさん、微笑んでくれた神様に感謝しています。

さりげない心遣い

 私は都会の街を歩くのが大好きです。東京まではなかなか行けませんが、まとまった休みがとれたら札幌を歩き、美味しいものを食べたり、買い物を楽しみます。その中で必ず行きたくなる服屋さん「ユナイテッドアローズ」。ここの店員さんの接客サービスが、いつもさりげなく素敵でかっこいいのです…。試着室から出る時に靴を揃えてあるなんてことは皆さんも経験があると思いますが、靴の汚れを拭いていてくれピカピカだったことがあります。

 「お客様の要求を満たすことは、時には面倒くさく、能率が悪く、経費がかかることを肝に銘じ、ただひたすらにお客様にサービスすることがユナイテッドアローズの努めである」

売ることを目標にせず、顧客満足を優先し評価する。その企業での研修制度や取り組みが本となっていて、職種こそ違いますが、私の相談援助の参考書の一冊です。
さりげない心遣いが心に響く瞬間ってありますよね。私もあの時、靴を磨いてくれたきれいな店員さんみたいになりたいなぁ。
おっと、間違えました。相談援助に磨きをかけ、さりげない心遣いができる社会福祉士を目指さなくては。

プロフィール 
2011年社会福祉士会入会 会員番号138046
1993年道立紋別高等看護学院卒業後、札幌・小樽の病院にて、小児ICU病棟、人工透析科に勤務。
2007年より居宅介護支援事業所たおのケアマネージャーに。日々、同事業所の訪問看護師・ヘルパーと共に奮闘中。
座右の銘 「やってやれないことはない。やらずにできるわけがない」(斉藤一人さんの言葉

広域相談サロンくらしネットオホーツクの南川大です


どうも広域相談サロンくらしネットオホーツクの南川大と申します。
みなさんは、これをやられたら笑わずにはいられないことってありますか?どうしても笑ってしまう「笑いのツボ」です。
 ぼくは、タレントのコロッケが野口五郎本人の前でものまねをしているのを観ると爆笑してしまいます。野口五郎が「お前この野郎!」と怒っているにも関わらず、鼻をほじるものまねを続けるコロッケを観ると、おかしくてたまらなくなります。

 ぼくは、幼い頃からものまね番組が好きで、小学生の時から先生のものまねを友達に披露していました。高校生の時は、学校祭で何人かの先生のものまねをステージで発表させていただきました。結構ウケてました。社会人になった今でも、「この人のものまね・・・できるかな」と考えてしまう癖があります。
 先日、職場の歓迎会で「だれか一発芸やれー!」の声に反応し、職場の先輩3人のものまねをしました。宴会場は大爆笑に包まれましたが、「しまった!」生まれ持ってのドジなため、事前に先輩方にものまねのお断りをすることを忘れていました。「お前この野郎!」怒りで顔が引きつった野口五郎がコロッケに掴みかかろうとする昔観た映像が思い浮かびます。

 ところが「ちょっと大ちゃん、びっくりしたよ~(笑)どうもね。」ものまねさせてもらったある職員の方にそう言われました。優しい先輩方で良かった。いつもありがとうございます!と思いました。そして、「ちょっと大ちゃん、びっくりしたよ~(笑)どうもね。」このフレーズ・・・ものまねできるかな?とまた考えてしまいました。「お前この野郎!」と一回怒られないと懲りないなと、わたくし事ながら思った今日この頃です。
南川 大(みなみかわ だい)さん
1982年 虻田郡京極町生まれ
2010年社会福祉士会入会。社会福祉士会36630号   
精神保健福祉士

2005年 道都大学社会福祉学部社会福祉学科卒業
卒業後、2005年に岩見沢市にある介護老人保健施設にて生活相談員として勤務。
2006年~2009年、遠軽町にある精神障がい者地域生活支援センターに勤務し、精神障がい者の地域生活支援、退院促進支援に携わる。2009年より、社会福祉法人北光福祉会に就職。現在、相談支援室ま~ぶる相談支援専門員、広域相談サロンくらしネットオホーツク地域づくりコーディネーターとして勤務。
《本人より》年齢や障がいに関係なく、生活の中で何らかの困り感を抱えている人々が、地域で必要な支援を受けながら、その人らしく暮らせることを願い、仕事をさせていただいてます。今後も分野に関わらず、地域の関係機関の方々と手を取り合っていきたいと思っていますので、よろしくお願いします。

新人の濱名三三子です


以前より清里の三浦さんから次のエッセイをと言われていましたが、なかなか恥ずかしくて書く事が出来ず躊躇していました。が、2010年も終わりに近づき年女の記念に(年がバレテしまいました)思いきって投稿します。

 私は何とか、まぐれか努力(?)の甲斐あってか2010年3月に社会福祉士に合格したので、オホーツク支部に入会する事で学習会や研修会、施設見学等でもっと生の地域や現場についても学び、知識を深めていきたいと思い入会させて頂きました。(飲み会員でも良いと聞き安心して入りました)


入会して感じること


 さっそく入会し、基礎研修をまず初めに受け、社会福祉士の倫理綱領やソーシャルワークの倫理を学びました。立派な本も謹呈され、仕事でへこむ時や落ち込んだ時は、この倫理綱領を読み返す事が大切だと教えられました。お盆過ぎの8月には、泊りがけで(今年は当番地にあたり、場所は津別のでてこいランドでした)、帯広、釧路、オホーツク地区で毎年持ち回りで行っているという研修会・交流会にも参加させて頂きました。また、成年後見人の死後の処理というテーマの研修会にも参加させて頂き、今年の流行語に選ばれた「無縁社会」について考えさせられました。秋には2回も施設見学会があり、相乗りさせて頂けたので安心して行けたのですが、今年は網走と紋別への施設見学会でした。なかなか他施設へ行く機会もない為、いろんな場所を訪れる事で視野が広がりました。医師や弁護士は医師会や弁護士会に入らないで活動は出来ないといいますが、社会福祉士会は自由参加で25%しか入会していないとの事ですが、大変実のある活動を事務局等の御尽力でされていると思いますので、今後も楽しく参加させて頂きたいと思っています。これからも宜しく御願い致します。

社会福祉士としてのこれから

 私と福祉の関わりは、高校生の頃に遡ります。今でもあるとは思うのですが高校生ボランテアサークル「ホーチブ会」に入っていて、30年前にもなるのですが、特別養護老人ホーム光の苑や、川東学園等へ毎月、慰問の活動や廃品回収をしたりしていました。札幌の短大でも「あしのうら」というボランテアサークルに友達がいたので勧められ入会し、今では有名になった小山内美智子さんの家に行ったり、いちご会が始まったばかりでしたが活動していました。


 札幌は今は、福祉や障害者に心強い町ですが、その頃から小山内さんらのいちご会の仲間が障害があってもドンドン一人で外に出たり、趣味のために出かけたり、働いたりされていました。今でこそノーマライゼーションやユニバーサルは当たり前の事となっていますが、こうした札幌の障害の方達が健常者と同じように誇りをもって、恥ずかしがらずに外へ出て活動していった事が今に繋がっており、良かったと思います。ちなみに私の友達も車椅子バスケットをしていた車椅子の方と結婚しましたが、今では車椅子バスケットの指導者に夫婦でなって全世界へ出かけ活躍しています。
 北見に就職し会社員で4年程働いた後、専業主婦10年後に訪問介護員となり介護福祉士と介護支援専門員も取れたので、短期入所の相談員も2年ほど経験。その後、居宅のケアマネや通所介護の仕事も経験させて貰いましたので、在宅3本柱の中身は少し理解する事が出来ました。何でも身を置いて経験してみないと見えない事はあるものだと感じています。
 現在は居宅介護支援事業所に勤務していますが、社会福祉士の勉強をして良かった事があります。勉強した社会保障・障害者福祉や低所得者に関わる項目が利用者さんに情報提供する事が出来て、感謝された事があったのです。行政へは申請主義という流れがあり、知識が無ければ損をしたり不幸になったりという場合もあります。これからも、社会福祉士会の一員として制度も変化していく為、勉強を続けていく必要がありますので、新しい制度や知識も深め学んでいかなければと思っています。

趣味の力


 昔から読書好きの文学少女(?)でした。今でも直木賞や芥川賞作品やベストセラーは欠かさず読みます。最近では村上春樹のIQ84の3や悪人は購入して読みました。レデースデーの日に映画を見に行ったりもします。社交ダンスは5年ほどやっていましたが、現在夢中なのは登山で、夏山時期は毎週何処かへ出かけ徘徊(?)しています。写真は海別山に登った時ので後ろに有るのが雪を被った斜里岳です。白い花はアポイに登った時に可愛かったので写した写真です。これからも仕事の力のもとになるように趣味を続けていきたいと思っています。
濱名 三三子(はまなみさこ)さん
社会福祉士会36269号
社会福祉法人北見有愛会 寿・美よし地区居宅介護支援事業所に勤務。
子どもは23歳(男)、21歳(女)、19歳(女)。 モットーは「我以外皆我が師なり」「動かなければ出会えない」

社会福祉士会、立蔵昭彦です


まずはご挨拶から


 まだお会いしていない方の方が多いと思いますのでまずはご挨拶から。
 紋別市地域包括支援支援センターの立蔵といいます。よろしくお願いします。今年の6月に社会福祉士会に入会しました。
 入会に至った経緯ですが、地域包括支援センターの仕事で「権利擁護」なるものがあります。高齢者の権利を擁護するために、高齢者やその家族に対して相談に応じ、消費者被害を防止したり成年後見制度を紹介したりとマニュアルには素晴らしいことが書かれていました。
 そうかそうかと頭の片隅に常に入れておいて相談仕事にあたっていたわけですが・・・。消費者被害についての相談は一向にない。ちょっとあったりして消費者センターの相談員とも、ことにあたったことは
あったのですがその相談員の方がまた強力。その手の相談はつなぎ役に徹することと心に誓ったのでした。
 さて成年後見制度はどうかと言いますと相談はある。あると言ってもイメージしてたのは何回か研修に行って覚えた上っ面のこと。




事例を通して実情をご紹介します


ケース1・同居家族のいる高齢者
Aさん「うちの母が一緒に住んでいるのですが、押し売りに来た人を断ることできず、必要もないのに布団やらメガネを買ってしまったようで。。。やめさせたいんですが、なにせ私は日中仕事でいないもんですから。どうしたら良いでしょうか?」

私「そうですか。それならいい方法があります。成年後見制度というものです。あなたが成年後見人になれば被害をふせぐことができます。家庭裁判所に行けば利用までの流れをビデオで見れますよ。行ってみてください。」

Aさん「ありがとうございます。そんな制度があるの知らなかった。これで安心です。」

行ってきた家族にどうなったか聞いてみると

Aさん「無理です。あんなこと私にはできません。」

私「えーっ???」

ケース2・一人暮らし高齢者
Bさん「紋別の叔母ですが叔父も亡くなり一人暮らし。子供はいません。一番親しい身内は道内の私だけ。お金が勘定できなくなったようで有り金全部持って店に行ってること店員さんに聞きました。盗まれても困るし壊れたストーブも業者にお願いすることができません。冬を前に心配です。ご飯は作ってる食べることできます。施設の話してもその気はありません。」

私「それならいい方法があります。成年後見制度というものです。あなたが成年後見人になればそのような問題も解決できるでしょう。家庭裁判所に行けば利用までの流れをビデオで見れますよ。一緒に行ってみましょう。」

裁判所から戻って

Bさん「遠くにいる私にはこんなこと無理。誰かやってくれる人いませんか?報酬は払えると思います。」
私「それではなってくれる人を捜してみましょう。」と心当たりに電話。
C~書士「結構大変だときいてるからちょっとね。」
D~書士「お客様の都合により現在この電話は使用できません。」


 簡単に考えていました。成年後見制度のこと。
 都会では介護職員の成り手がない。この地区では成年後見人の担い手がない。そんな中、北海道社会福祉士会が成年後見人養成研修を開いたり随分力を入れてことを耳にしました。
これは乗らない手はない!
というわけでようやく入会にいたったわけです。
 会員のエッセイを閲覧すると皆さんソーシャルワークやご自身の仕事のこと真剣に考えていらっしゃるのになんて不純な動機でしょうか。お許しください。

入会して感じること


 今年10月、オホーツク地区支部主催の「成年後見制度学習会」に出席させていただきましたが、愕然としました。
 北見、網走の社会福祉士会会員の方々とのレベルの差があまりにも開きすぎていて質問もできない、聞いていてわからない。。(汗)
裁判所の調査員が気軽に説明に来てくれている!(驚)
思ってもみなかった光景でした。。。
すでに成年後見人の仕事をされている方のなんと詳しいこと。何とか追随してゆかねば。

 オホーツク地区支部の会員学習会など研修体系はすごく充実していますね。札幌の勉強会もいいのですが規模が大きすぎて知りたいことが聞けなかったり大きな話が多い。実用的な勉強会を開いているので成年後見に限らず勉強になります。
「入会して良かったなあ」というのが率直な感想です。

立蔵昭彦(たてくらあきひこ)さん 
社会福祉士会38230号
1986年北星学園大学経済学部卒業
社団法人北海道総合在宅ケア事業団、在宅介護支援センターでの勤務を経て、平成19年より紋別市地域包括支援センターに社会福祉士として配属。

~ つれづれなるままに ~ 三浦 綾美さん


清里町役場に勤務しております三浦綾美と申します。現在育児休業をいただいており、日々現場でご活躍されている皆様に混じって、このような場に登場するのはとても心苦しいのですが、こんな人も社会福祉士会にいるんだなぁって思っていただければうれしいです。

毎日のこと

 8(男)、4(女)、2(男)歳の子供を相手に、今の私の日常は家事育児中心です。当たり前ですが、子供たち、こちらの都合なんて関係なく三者三様の要求があり、これは精神修行か?!(キレないで一日過ごすのが目標です)と思うような出来事の連続です。音声多重放送のような毎日で、小さな幸せが沢山転がっているのをついつい見過ごしがちです。

最近心掛けていること

 特に小児科を受診する機会が多いのですが、診てもらった後
『ありがとうございました』にプラスαの言葉(印象が良かったところ)を添えています。例えば『分かりやすい説明ありがとうございます』等。 地方の医師不足が問題になっていますが、過酷な勤務の中で頑張っているお医者さんに一瞬でも心に入る感謝の言葉を伝えたい・・と。これは受診以外でも、いろいろな場面で実践中です!


趣味の力


華道を細々と習っています。『何もする気が起らない』と意欲が低下されていた利用者さんと、華道という共通の話題から突破口?が開け、私が訪問する予定の時は、小さなお華を生けて待っていてくれるようになった事があります。あの時は本当にうれしかったな!!きちんと身につけて、人の心を癒せる様な活動が出来ればいいなあと思っています。ささやかな夢ですが・・・!!



チャレンジ

 介護技術を少しでも身につけたくて、現在2級ヘルパーの資格にチャレンジ中です。年齢・動機が様々な方たちとの学習に刺激を受けています。
三浦 綾美(みうら あやみ)さん 

社会福祉士会6782号  介護支援専門員
北見市出身。東北福祉大学社会福祉学部社会福祉学科を卒業後、平成8年、清里町役場に就職。高齢者福祉係、地域包括支援センター等で様々な生活問題解決に向け、行政と福祉の視点から活躍されています。
座右の銘『成せば成る』
短所:そそっかしく、笑えない失敗数知れず
長所:有言実行

TURNING QUESTION(田村幸一郎さん)


 ある日、ご両親のことで、息子さんが相談にやってきました。

経過 

 息子さんの父親は、いつものように、散歩がてらタバコを買いに家を出たものの、なかなか帰って来ませんでした。心配して外を見に行った母親が目にしたのは、滑って頭を打ったらしく、意識をなくした父親の姿でした。
 すぐに救急車で病院へ運び、意識が戻った時には、誰か?どこか?がわからない「認知症になっていた父がいた」そうです。
 心の整理もつかないまま、息子さんは、医者から「今後のことを相談するように」と、来所され、相談援助が始まりました。

質問

「悪い夢でも見ているようだ」と大きくひとつ息を吐いた後に、息子さんは(ずっと、誰かに、訊いてみたかったけど、訊けなかったのだけど)

「ねえ、田村さん、親父はなんで認知症になったのだろう?」

と、尋ねてきました。
 この時、正直、私に答えは持ち合わせていませんでした。

 ただし、この質問は「息子さんの今後の介護生活にとって重要なこと」であることは、感じました。

 そこで「1日そのことについて考えさせて欲しい」とお願いをして、その日は、そのことに、思いをめぐらせていました。

考察 

 息子さんが「なぜ親父は認知症になったのか?」と、その理由にこだわったのには、たぶん、そこに意味を見出さないと、やりきれない思いだったのだと、察しました。
 例えば、息子さんの質問に、医者ならば、「それは脳にダメージを受けて・・・」と原因についてエビデンスを答えたかもしれないし、看護師やセラピストならば、「現在の状態は・・・」と機能についてのアウトカムを答えたかもしれません。でも、それらは「今後介護の支援を必要とする息子さんのやりきれない思い」までは解決できなかったに違いありません。
 ソーシャルワーカーの私の役割は、介護者である息子さんと介護される父親の両方のストーリーをつなげるところからはじめることだと思いました。

事例 

 翌日、私は息子さんに「たぶん、親父さんはみなさんとゆっくりお別れをしたかったのではないでしょうか?」とお伝えました。
 突然、家族とお別れするにはあまりに惜しい、何か家族のヒストリーがあるのではないか?
 これから介護を通じて起きるケミストリーがきっと「ゆっくりお別れしたい」という親父さんの意思・選択の意味を教えてくれるに違いないと思ったからでした。
 欠けがない、でもやわらかいゆえに、蓋をして触れないようにして、心の奥深くにしまって置いたら、いつしか忘れかけていたものが、認知症になったことで、表に出てくる「奇跡」が、稀に、あります。ある日突然、認知症になってしまった親父さんとその息子さんが、そうでした。
 公務員だった親父さんは、実に教育熱心でした。その期待に応えて、息子さんは某有名・難関国立大学に入学しました。親父さんにとってそれは何よりも自慢でした。しかし、息子さんは、大学を中退し、料理職人として飲食業を営む道を選びました。親父さんは、そのことを「水商売」と一蹴して、認めることは、決して、ありませんでした。そんな頑固な親父さんと息子さんとは、当然、素直になれない間柄でした。
 認知症になってから、ある日突然、認知症になった親父さんを目の当たりにして、商売の事情から、息子さんはグループホームへ入所させることにしました。
 入所させてからも、息子さんは夕食時の仕込みが忙しくなる時間の前に、休憩時間を割いて、毎日のように、顔を見に来ていました。一方、親父さんは、もともと口数が少ないほうで、息子のことをわかっているのかわからないようでした。
 グループホームでは、まちのお祭りに合わせて、家族を招いて食事会を考えていました。その話をたまたま小耳に挟んだ息子さんは、「いつも親父がお世話になっているので、外出することもままならない入所者さんのために、店の職人を連れ来てお寿司を握りましょう」と申し出てくれました。

奇跡 

 お祭りの日。グループホームでは息子さんが入所者さんの目の前で寿司を握り、店と同じように振るまい、大いに喜ばれました。普段、食欲のない入所者さんも、両手で口に寿司を運んで、「昔、こうして食べに出掛けたもんだ」と、見たことのない満面な笑顔で、家族との会話が弾んで、和やかな雰囲気になりました。その時でした。親父さんがすくっと立ち上がり、姿勢を正し、誇らしげに言いました。

「あそこで、寿司を握っているのは、わしの息子なんだ」

 一瞬、緊張が走ったものの、すぐに大きな拍手に変わり、親父さんは照れて、仁王立ちのまま固まってしまいました。その瞬間、私には父親と息子のわだかまりが解ける音が、確かに、聞こえました。
 親父さんは、職人になった息子のことを、実は許しているし、誇りにさえ思っていることを伝えるために、認知症の力を借りたのだと思いました。しばらくして、息子さんが私に歩み寄ってきて、「『ゆっくりお別れするために認知症になったのでは?』と言った、田村さんのことばの意味が、今、わかった」と、目に涙を浮かべて、静かに握手を求めてくれました。

最期 

 数ヵ月後、胆嚢がんがわかった親父さんは、家族に看取られて亡くなりました。息子さんは医者から「本来、これだけ進行し、しかもこの場所にがんができていると、相当苦しくて痛いはずなのに・・・認知症のおかげで感じないのかな?」と不思議がられたそうです。「結局さ、認知症では死ななかったな」と、満足した笑顔で、息子さんは私に語ってくれました。

あとがき 

 相談をしてくれた人に、手を合わせたくなる、感謝したい瞬間ってありませんか?そんな時、ソーシャルワーカーの醍醐味を感じます(福祉の仕事20年目なのに、いまだに、青二才?)
田村幸一郎(たむらこういちろう)さん。
97年入会。 会員番号7252
1970年、美幌町生まれ。介護福祉士、主任介護支援専門員
職場は変わっても、福祉の仕事は続ける自称「ふくしバカ」。
特技は、珈琲抽出。いつかソウルミュージックと古書が売りの『カフェ』をやりたいと野心を抱いている。

「福祉のおしごと3年目」(佐藤 有紗さん)


こんにちは☆

 前回のエッセイを担当された林さんと同じく大空町女満別で働いている佐藤有紗という者です。
介護老人福祉施設で2年間介護員でしたが、今年度より相談員となりました。毎日毎日あっちでパタパタこっちでパタパタと走り回っています。意外と体育会系のおしごとなんですね。

 さてはて、福祉のおしごとに就いて3年目になる私ですが、年々課題は増えるばかりで困っています。「もっとこうできたら」
「こうしてあげたいのに」
そんな思いを感じながら、自分の未熟さを痛感します。
もっともっと経験したり、勉強したりして今よりもさくっと解決できるようになりたいものです。

んー、福祉ってなんなんでしょうね??

世の中には、心のやさしい人が障害を抱えた方や高齢者と共に生活する「福祉」っていう特別な世界がある、くらいに思っている人が多いのではないかと思います。福祉=介護と思っている人もいると思います。高校生までの私がそうであったように。

私が専門学生時代に達した答えは、「人が人の幸せを思うことが福祉」でした。

なので、福祉っていうのはいろんなところにたくさんあるもので、決して特別ななにかではないんだろうなと思っています。

日々暮らしていて、なにかを出来ない人がいれば出来る人が変わりにやるのは当たり前のことです。それができないからこそ福祉の仕事というものがあると思うと悲しくなってしまいますね。

佐藤さんが勤める街の名所 「メルヘンの丘」でも、人の幸せを思ってすることがお金になるなんて、そんな当たり前のことでお金がもらえるなんて、めっちゃ良い仕事じゃん♪って私は思っています。

ついでにいろんな方々の人生に触れたり、いろんな形の優しさに気づいたり、人としての成長速度が2割増しくらいになった気がしてお得です。

楽なお仕事とは思わないけど、この先もずっっっと福祉のおしごとをしていたいなって思います。


でも、いつかは福祉のおしごとがなくてもいい世の中になればなぁと思う今日この頃です。


佐藤 有紗さん
09年社会福祉士会入会 会員番号35013
1986年、美幌町生まれ。
2008年専門学校日本福祉学院福祉総合科卒業後、
老人福祉施設女満別ドリーム苑にて介護員として勤務。
2010年より同施設にて生活相談員として勤務中。

「社会福祉士の取得が新たなスタート!」 (林晃市さん)


 みなさんこんにちは!私は網走の隣にある、大空町女満別というところに住む林 晃市と申します。今回「エッセイ書いてみないかい?」と誘われ、気軽に
「おれでいいんですか?いいっすよ!」
と軽い気持ちで引き受けたものの、「どんなことを書けばいいの?」と考えているうちに月日が経ち、期限切れに…。なかなかまとまらなかったのですが、自分が思ったことを素直に綴ってみようと思います。

-社会福祉士への憧れといま-

 仕事を始めて以降、「社会福祉士」という資格へ憧れを抱いていました。なぜって?それは、私にとって「この人すごいなぁ!」と感じる人物(刺激を受けた研修の講師・北海道で先進的な取り組みを実践していた方々など)が、これもたまたまかもしれませんが社会福祉士の資格を持っていたからです。
私としては、
「いつかおれも仲間入りしてやるぅ~!」
「資格を取って、一段上のレベルにアップしてやるぞ!」
なんて思いで勉強を重ねていました。(その他にもいやらしい話、給料が上がるかも!とか、保健師さんなどの方々と意見をぶつけ合うためには資格が必要!などと考えていたのも事実…。)

そして資格を取った今、私が当初夢見ていた1段のレベルアップ達成されたのでしょうか?
実感としての答えは“No!”です。

-社会福祉士となった自分に求められているもの-

 もちろん試験勉強等のおかげもあり、広く社会保障制度を意識したり、社会福祉援助技術を意識しながら、より専門的な関わりを心がけるなどプラスの面は多々あると感じています。ですが私自身が想い描いていた、「すごい人」にはなれていないし、仕事も以前よりもテキパキと問題解決に結び付けることができているか?と聞かれれば、今までと変わりなく、日々悩みながら過ぎているような状況です。

ですが、最近はそれも当然かな、と感じるようになりました。医師だって、弁護士だって資格を取った瞬間から急に人格や能力が変わるのではなく、日々努力や勉強を積み重ねた結果、高いレベルのパフォーマンスを発揮できるようになるのですよね。私が勝手に憧れていた諸先輩の方々だって、日々勉強・実践・失敗などを積み重ねながら、活動・実践を積み重ねた結果、私が感じた「この人すごいなぁ!」という人にまで成長できたのだと思うようになりました。

-いろいろな面で大きくなっていきたい-

介護支援専門員という仕事柄、病気・問題・悩みなどを抱えた方々のお話を聞く機会が多くなりました。少しでも目の前にいる方々に、より良い暮らしを送ってほしいと感じています。そのためには私自身が持っている引き出し(知識)を増やし、その方々に合ったコーディネート(安心して暮らせるサポート体制作り)が行えるようになることが必要。
また、いろんな流れからこの「社会福祉士」という資格を取り、せっかくスタートを切ったわけですから、少しでも「この人すごいなぁ」と感じた諸先輩の方々に近づきたいと今でも思っていますし、逆に足をひっぱってはいけないとも思うし、この世間一般ではマイナーなこの資格を広めたい・有名にしたいとも思っています。





「勉強を日々続ける」「行動を起こす」

飽きっぽくて、酒好きで、凡人な私が、今以上に皆さまへ良い支援を行い、結果として「この人すごいなぁ!」と感じていただける社会福祉士になるにはどうすればよいか。
私が出した答え、それはまず「勉強を日々続ける」ことです。
そこで「通信制大学」なんてことを始めました。
妻からの厳しい、鋭い目が光っていることや、レポートが山のようたまるので勉強を続けなければいけないこともあり、心地よいプレッシャーのもと何とか継続。
もちろん大変さもありますが「続ける」って本当に大きな力になると思います。私の場合、ヒラメキやセンスで急成長できるような天才タイプではありませんから、カメさんのようにコツコツ一歩ずつ前へゆっくり進むしかないとあきらめ?割り切って今後も勉強は一生続けたいと思います。(笑)

あともう一つ私に必要なこと、それは「行動を起こす」ということです。
そこに困っている人がいて、その対応に向けて何らかの行動を起こし続けていれば、そこに大きなチャンスが生まれ、大きな花となって返ってくるのではないか?と。
社会福祉士の知名度を高めるためには、お金にならないようなことも多々あると思います。が、実践を続けた結果、まわりまわって大きくなり、何かの形として帰ってくるのではと感じるのです。

−社会福祉士会員としてのこれから-

資格が仕事をしてくれるのではなく、最終的には「人」であり「自分」が仕事をするんですよね。資格を得たからといって人は急にレベルアップなんてしない。という結論が出ました(えっ?気づくの遅い??)。それと同時に資格に合格した今がゴールなのではなく、「これからがある意味私のスタートなのだ」と感じています。

私は昔から小心者であがり症なので、極力難しそうな役員や人前に出なければならないような役割はうつむき避けてきました。自ら考えて行動を起こすタイプではなく、他のひとがやったら自分も動く、というようなタイプでしょうか。こんな私なので急にはできませんが、自分の住んでいる地域で活躍されている方々、社会福祉士会オホーツク地区支部で活躍されている方々にさりげなく付いていき、引っ張られながら、私自身も世の中に必要とされている行動を起こし、私のテーマにもなっている「権利擁護」に向けた行動・つなぎ屋としての「ネットワーク作り」に向けた行動を会を通じて行っていきたいと思います。

こんな私ですが、お見知りおきを。
林 晃市(はやしこういち)さん 
高校卒業後福祉系の専門学校を卒業と同時に介護福祉士の資格し老人デイサービスに8年間勤務。(相談員5年,介護員3年)このデイサービスの経験で福祉に関する仕事のおもしろさや難しさを知り、自分なりに勉強も行い始めるようになる。その後介護支援専門員に合格。同法人の居宅介護支援事業所へ配属異動となる。平成19年社会福祉士試験に合格。現在ケアマネジャーとして満5年を迎え、社会福祉士ケアマネとしてさらなる飛躍に励んでいる。
07年入会 会員27957号 ぱあとなあ北海道登録 
介護支援専門員 介護福祉士

-こんな一面もご理解ください-
実は私って…、はっきりいって「凡人」です!とっても飽きっぽい3日坊主タイプですし、期限ギリギリになって「ヤバい!もっと早くからやっておけばよかった」と追い込まれないと動けないですし(汗)
今までに取り組んだチャレンジは数知れず。
ダイエットの為にと取り組んだランニングは、雨、飲み会、やっても体重がなかなか落ちない等さまざま障害にぶつかり、1カ月程度でダウン。今でもメタボなおなかが、ヒマラヤ山脈のように雄大な姿を見せていて、上からまっすぐに下界をのぞいても、足先など下界は姿が見えません…。

「日々人の記録はしているけど、自分の記録はつけたことがないなぁ。利用者のおばあちゃんも日記を書くことで自分のやるべきことがはっきりするって教えてくれたから、日記をつけよう!」と始めた日記書き。わざわざルーズリーフのノートを購入し、超大作を書く気満々で取り組んでみたものの、だんだん書く行が短くなっていき、1週間程度でダウン。今ではさみしげにルーズリーフノートが本棚の中に置いてあります。

「早起きは三文の得。夜はテレビも見たいしインターネットでいろいろ見たいし、お酒も飲みたいし、誘惑が多すぎる。朝なら集中して勉強できそう!」と始めた早起きして図書館で借りてきた本を読書するという取り組み。これは終わりも早かった…。3日目に鳴った携帯電話のバイブは、電光石火の早業でストップ!その後私は楽しい夢の世界へと再び誘われていきました…。

「お酒を飲むから、朝起きれないんだ。禁酒すれば、毎日すっきり目覚められるだろう!」と始めた禁酒も、5日目には手が震え始め?じゃなく、『週末なんだから少しぐらいご褒美としていいだろう』と心の悪魔がささやき始め、結局その後は毎晩の晩酌に逆戻り…。
これだけ見れば「おまえちゃんと仕事は続けているのか?」「どれだけ意思が弱いのよ…」と手厳しいお言葉が返ってきそう。
別にダメ人間自慢をしたくてこのようなことを書いたのではありませんが。。。(笑)

「日々感じること」(佐々木祐也さん)


こんにちは!昨年北海道教育大学旭川校を卒業と同時に資格を取得し、現在津別町役場で社会人2年目やってます、佐々木祐也といいます。
 学生時代は陸上部で長距離ブロックに所属しており、今でも、陸上競技の魅力に完全にはまったため競技を続けています。

 役場に入ってからは保健福祉課介護福祉グループ福祉担当に配属となり、主に生活保護や障がい福祉の分野に携わっています。まだ一年半をやっと超えたぐらいの経験で、なんだかこのエッセイを書かせていただくのが本当に申し訳ないです。でもせっかくの機会なので、最近感じていることを僕なりに書かせていただきます。

 現在生活保護や障がい福祉等の相談業務に携わっています。その中で、誰かの悩みに寄り添いながら、なんとか現状から前進していこうとすることに関われることのありがたさや、ときには戸惑いなども感じながら仕事をしています。
 相談業務には、長い時間をかけて現状の改善・将来に向けた支援を必要とするものもあれば、ときには日常の愚痴を話して満足して帰ってしまうようなこともあります。そして、私はそのどちらも等しく大切だと感じています。それは、支援する中で必要となる互いの信頼関係を築くためにどんな関わりもきっかけとなり得ることを、日々の関わりで少しずつ感じてきたからです。
 ただそんな思いを感じながらも、クライアントが本当に困っていることを引き出せているのか、悩みに寄り添えたのか不安になることがあるのも事実です。この思いは、これといった正解が決してあるとはいえないことだからこそ、感じることなのかもしれません。
 こんないろんな思いを感じて日々振り返ること全てが、今の僕が日々成長していくための大切なきっかけとなっています。だからこそ、これからも常にこの感覚は自分の中に持っていたいと感じます。

 人を支援するということは、決して簡単ではありません。でもだからこそ、そこから自分自身が得るものも大きいと思います。支援から学んだことを、支援を通して返していく。この繰り返しなのかもしれません。

 まだまだ、ただ感じることばかりが多い僕ですが、これからもたくさん成長していきたいと思います。 

佐々木祐也(ささきゆうや)さん
08年社会福祉士会入会、会員番号32203
1985年、網走市生まれ。
2008年北海道教育大学教育学部生涯教育課程健康福祉コース卒業。
現在津別町役場にて勤務。
仕事の傍ら、陸上競技を続けています。トラック競技からマラソンなどのロードレースまで、長距離を中心に今も走り続けてます!!

人間の素晴らしさ 生きる素晴らしさ(高桑純一さん)


皆さんこんにちは。高桑純一と申します。
平成19年に資格を取得し北見市の花園地区在宅介護支援センターの相談員として勤務した後、現在は同法人の有料老人ホームで介護員として働いています。
ご覧になって下さっている殆どの方が「誰だろう??」と思われていることと思いますが、それもそのはず支部会の学習会も勤務と重なり1年ほど参加できていない状態… ユウレイ会員化してしまっています。何だか言い訳になってしまいましたね・・・。
皆さんこれからよろしくお願いします。

さて、本題のエッセイに。
先日、2ヶ月ぶりに実家帰りました。そこには可愛い姪っ子(1歳10ヶ月)が!!!
もぅ叔父さん(自分)はその子にメロメロです。笑顔に癒されながらたくさん遊んでもらい仕事の悩みも忘れすっかりリフレッシュ。
この間まで言葉も話も出来なかった子が今では片言で話をし、階段だって一人で上れるようになっていました。子どもの成長って早いですね。姪っ子ですらデレデレ状態、自分の子が出来たらどうなるのか・・・。しかし結婚の予定も無いので・・・ハァー。
 そんなデレデレの叔父さんですが、姪との出会いと成長の中で、人間の素晴らしさ生きる素晴らしさ感じています。(ちょっと飛躍して大袈裟??)

福祉の職について今年で3年目。人と関わり人のためになりたいと思い社会福祉士の資格を取り高齢者介護の分野で働いていますが、振り返ると支援をしていても逆に多くのことを学ばせていただいている状態です。
90歳の方〜1歳の子まで関わる全ての人から学び励まされている。真面目で臭い文章になっちゃいました・・・。でも今は本当にそう感じています。

この気持ちを忘れず、入居者様や姪の人生が良いものなる様、専門職として頑張って行きたいと思います。頑張るぞー!!!!!

高桑 純一(たかくわ じゅんいち)さん
07年入会。会員番号28976
常呂町出身(現 北見市常呂)
北海学園北見大学商学部卒業。
専門学校日本福祉学院社会福祉科卒業。
平成19年、北見市花園地区在宅介護支援センターに勤務
勤務現在、特定施設入居者生活介護 有料老人ホーム みんと倶楽部で勤務。

「日々、思っていること」(相原純代さん)


こんにちは。網走にある介護老人保健施設あるかさるの相原です。昨年7月から、施設ケアマネジャーとして働いています。
山崎さんからバトンタッチされ、「わかりました!!」と元気に?返事はしたものの、なかなか文章にならず、締め切り日が近いような過ぎたような日になってしまいました。

『日々、思っていること』とお題を頂き、何かあるだろうかと考えました。このソーシャルワーカーという仕事をしていて、「まさにこの言葉だ!!」と思ったことを紹介したいと思います。

 それは、2007年4月15日、北海道医療ソーシャルワーク学会のシンポジウムにて、
「他人の人生を借りて、自分の人生を考える事が出来る、ぜいたくな仕事!!」
と元日本社会医療事業協会会長が話された言葉です。
私はまだ10年と少ない経験ですが、これまで仕事をしてきて、どれだけの人と出会ったのか数えられません。利用者さんのことを知る一つとして、生活暦は欠かせないと考え、これまでの生活や環境を聞くことで、何を大事にして生きてきたのか理解しようとしました。
それは、興味本位ではなく利用者さんを支援していくために必要なことと考えてです。しかし、気がつくと私自身の人生を考える上で、利用者さんの人生を借りていました。もちろん考えた通りにはいきません。でも、これから出会う人の人生も借りながら日々過ごし、この仕事も続けていきたいと思う今日この頃でした。

6月22日、網走市民になって一年になりました。オホーツク支部新人ですが、これからもよろしくお願いします。

相原 純代(旧姓:伊藤)さん
04年社会福祉士会入会
1977年札幌出身。1999年北星学園大学文学部社会福祉学科卒業(最後の文学部)。
卒業後は、札幌市にて介護保険施行前の老人保健施設相談員、脳神経外科病院の医療ソーシャルワーカー、地域包括支援センター社会福祉士として勤務。
2008年7月特別医療法人明生会介護老人保健施設あるかさるへ就職。
 

「他人の目を気にしよう!」(山崎章さん)


  • 皆さんこんにちは。お会いしたことの無い方、始めまして。道東脳神経外科病院の山崎です。
  • 突然ですが、私には秘密があります。実は、結構な「人見知り」なんです。研修会や会議では、武田学大先輩を目標に仕切っていますが、見た目とは裏腹に、心の中では「焦り」という闇が広がっています。自己紹介のコーナーは特に苦手で、即座に心拍数は2倍、血圧は確実に+50上昇し卒倒寸前です。あ、鼻血も良く出ます。・・・秘密なんだか、悩みなんだか、自慢なんだか分からなくなったので、このへんでやめておきます。
  •  さて、みなさんにも秘密や悩みがありますよね?私たちの仕事はある意味、悩むのも仕事のひとつです。仕事に煮詰まると、私はこの仕事に向いてるのかなーっと。考えることもあります。みなさんはどうですか?一度くらいは考えたことがあると思います。
  • 「相談援助職」は、他人の「価値観」「悩み」「不安」を素直に受け止められる懐の深い方こそ向いている。・・・という教科書的な意見はさて置き、私はきわめて感情的に行動していると反省しています。すぐ頭に血が上り、顔も目も真っ赤になり、記憶が飛びそうになります。またショックを受けやすいですし、感動しても悲しくてもよく泣きます。日々患者さん・ご家族と一喜一憂しています。
  • こんなことでは駄目だ!と思っていると、「あなたに向いている職業適性!!」というテストが目に飛び込んできました。おお!これは運命的な出会いかも!といつも通り大げさなリアクションをひと通りとってから、怖いもの見たさで、テストにトライしてみました。
  • えーっと、最初の質問は・・・『他人の指摘を素直に聞き入れられますか?』・・・頭ではそう思っても、何だって!!と思うからな・・・。「いいえ」だな。次の質問は・・・『いつも冷静でいられますか?』・・・いられないな・・・。「いいえ」にしよう。次は・・・『数学の虫食い問題は得意な方だ。』・・・む、虫!!蝿?蚊?う~ん虫は嫌いだ。・・・虫食い問題って・・・適性に関係あるのか?・・「いいえ」にしよう。などなど、質問をこなし、自分を嫌いになりかけたころ、質問が終わりました。
  • 気になる結果は・・・。向いてない職業は「道具や、機械を運転する仕事や活動」。例えば、セールスドライバー、園芸係員、農業など。・・・当たってる!運転は苦手だし、植物と向き合ってじっくり育てるというより、水をあげすぎて駄目にしてしまうタイプだし・・・。
  • お待ちかねの向いている職業は・・・。第1位「創造・美術」分野!?例えば、写真家・インテリアデザイナーなど・・・。カッコいい!!・・・ん?あれ・・・?ふ、福祉は!?と焦ったところ、「医療・福祉」の仕事は手堅く2位へランクイン。おお、今の仕事に向いていて良かった・・・と結果を鵜呑みにして胸を撫で下ろしました。
  •  このテストを通じて気がついたのは、職業に対する向き不向きっていうのは、自分が感じることではなく、他者評価によるものじゃないのかな?ということ。向いている職業があるはず!と思う気持ちも大切ですが、家族や友人、利用者や職場との関わりの中で、求められる自分を知り、自分の役割を果たすことがまずは重要であること。その上で、自己評価(職務としての努力)と他者評価(信頼や実績、つながり)が一致したときに初めて、自分はこの職業に向いている!と思えるのだろうなぁと。
  • 時々、子供の写真を携帯で撮るのですが、「創造・美術」適性のあるはずの私よりも、腕前は妻のほうが百倍センスがあります。そんな妻に、「センスないね。」と指摘されるのです。こんな時こそ、人の指摘を素直に受け入れるチャンスだ!と思うのと同時に、知らないだろうけど、写真撮影の才能は眠っているんだぞ。と心の中で強がってみる今日この頃です。完璧な相談援助職への道は遠いなぁ・・・・。
(次回は、相原純代さんにバトンタッチします)
山崎章(やまざき しょう)さん
04年入会。会員番号20276 
青森県野辺地町出身。 道都大学社会福祉学科を2000年3月に卒業し、網走脳神経外科病院(現/網走脳神経外科リハビリテーション病院)へ就職。
2006年 道東脳神経外科(現/道東脳神経外科病院)へ転勤、現在に至ります。

オホーツク管内の地域連携を担う、オホーツク脳卒中地域連携パスの事務局、北見市認知症の人と家族の会(よりそいの会)の事務局も担当されています。
5月8日の読売新聞北海道版50周年記念号の「若い力で北海道を担う北海道の6人」に選ばれ紹介されました。
社会福祉士 介護支援専門員

一歩一歩 (丸山 太郎さん)


小清水で仕事をしている丸山です。この町はオホーツク海・知床連山の雄大さな景色が素晴らしく、それだけで充実した訪問が楽しめます。藻琴山・斜里岳・海別岳・羅臼岳の稜線を眺めながら。濤沸湖・原生花園の風景を楽しみながら。また、パッチワークのような畑地帯に、流氷といった四季折々の景色にも満足しています。今年こそは百名山である斜里岳や羅臼岳の初登頂に挑みたいと思います。

こんな自然豊かな町でも、福祉・介護を必要とする方が多いものです。毎日、町内を走り回り、若輩ながらケアマネジメントに努めております。以前は施設に従事していた事もあり、地域に出ると「色々なニーズがあるんだ。地域包括支援センターって本当に大変なんだ。」と感じております。
 日々の業務を通して、今、一番悩んでいる事があります。利用者個人と「どのように関わっていくか。」であります。自分が未熟で考え方が整理できず、知識が足りない事はわかっていますが…。
 病弱の家族に頼らず生活したいが、法律上家族支援に頼るしかない現行制度。「これから誰を頼ったらいいのでしょう。」と身寄りがいない利用者への支援。利用者自身、一人の「人」として、公共の福祉に反しない限り自由が尊重され、健康で文化的な生活が保障されると思いますが、利用者個人の判断力の妥当性・生活課題、家族支援の限界などより、安心・尊重・有意義な人生を送る事が難しい状況を間のあたりにします。


 今後、ますます少子化、未婚率が進む中、生活弱者を支える家族の存在は希薄していく事が予想されます。「もし、自分の家族が一瞬に居なくなり、天涯孤独になったら。その後、認知症になってしまったら。」と思うと、正直、今の制度の中、生活していく事には強い不安を感じます。そのためにも、判断力が低下した方や老後の不安について、個人を支えていく「身上監護」面のサポート作りのために何かできないかと考えております。
 と、色々と思う事はありますが、今は目の前にある仕事に努める事が精一杯で・・・。
一歩一歩、今行っていることを大切に、今できることから始めていきたいと思います。



丸山 太郎(まるやまたろう)さん

02年入会。会員番号13314
釧路市出身。平成10年3月北海道教育大学教育学部釧路校総合科学課程地域文化コース卒。 
平成17年4月小清水町役場に就職し在宅介護支援センター、地域包括支援センター(居宅介護支援兼務)に勤務し、平成19年4月からは指定居宅介護支援事業所で、ケアマネージャーとして相談業務に当たっています。
わが町自慢:小清水町ふれあいセンター(源泉で泉質が良好)、原生花園、図書館、藻琴山など。

とりとめの無い話 (林 千恵実さん)

斜里の林千恵実と申します。よろしくお願いします。
(エッセイだというのに硬くてすみません…)
定田さんのキラーパスをスルーできず、戸惑いながら書かせていただきます。

斜里に住んで3年目になります。(海も山もあって、人もステキな町です!)
私の社会福祉士としての経験も同じだけ。

遅咲きです。

バラエティに富んだ環境、経歴、キャラクターの人々と接し、
自分の未熟さを痛感する毎日です。



清里町から見る斜里岳。林さんが送ってくださいました。━━━ 専門職として ━━━

人の相談を受けることは私の仕事のひとつだと思っていますが、ふつう、人に“相談”するとき、一番信頼できる人だったり、身近な人だったり、この人には相談できる、って見極めますよね。
専門職として“相談”を受けるってどんな事なんだろう?っていつも悩みます。

知識、倫理観、経験、人間性…日々、マリモ並みでも成長していたいです。
意に反して、成長してるって実感できているのは、悲しいかな、体脂肪やウエストぐらいのもんですが。。
今はこんな感じでも、いつか誰かの背中を押しながら、自分も前に進んでいたらいいな、と。


━━━ この場を借りて、一言。 ━━━

私は、『ビール』と『美味しいもの』と『テレビ』が大好物です。
特に、オホーツクの旨いものは、勉強中です。
最近気に入っているのは、端野の十割ソバです。
A級B級C級、オススメの旨いものがありましたら、ぜひ教えていただきたいです♪




林 千恵実(はやし ちえみ)さん

07年入会。 会員番号28608 
旭川市出身。北海学園大学経済学部経営学科卒。
平成19年より斜里町保健福祉部、地域支援センターに社会福祉士として勤務されています。

社会人としての学び (定田康寛さん)

昨年は精神保健福祉士の取得の勉強でバタバタとしていましたが、先日無事合格しほっとしながらこのエッセイの原稿作りをしています。職場の理解とバックアップがありスクーリングや2週間の実習に参加しました。働きながら資格を取ることの大変さを改めて実感し、学生時代とはまた違う学ぶことの喜びを感じた1年となりました。

 漠然と福祉の仕事がしたいと考えて短大に進学しましたが、今考えるとレポートやテスト、実習をクリアすることに集中していて専門職とは?対人支援とは?と考えることが少なかったように思えます。短大を卒業し知的障害者施設の生活支援員、保育士として働いてきましたが、資格を取ったらそれで終わりと考えていたことや業務に追われて自分が専門職であることを考える暇がなく過ごしていました。社会福祉士の資格を取得し現在の職場である地域包括支援センターの職員として勤務したことがきっかけとなり、専門職とは何か、自分に足りないものはと考える機会が多くなりました。

どれだけ利用者と向き合えるか

仕事していく中で、閉じこもりやうつ病を抱えた利用者が多く、どうやって関わっていくのかサービス事業者や関係機関との連携をどうやって行けばよいのかと悩むなかで精神分野の勉強がしたいと考えたことが、精神保健福祉士の資格取得のきっかけになりました。

上司に資格取得の相談をした際に、「専門職として大切なことは、勉強することも大切。それ以上にどれだけ腹をくくって利用者と向き合えるかどうかがもっと大切だ」というアドバイスを受けました。またスクーリングではたくさんの仲間と出会い、同じような悩みを持っていることがわかり、勉強して資格を取ることだけでなくそういった出会いも大切だと実感し、実習やレポートを通して色々な事に触れて少しだけですが専門職として自信がつきました。資格を取るだけでなく日々の業務中で真摯に利用者と向き合っていくことも自分にとっての学びにつながるのだと感じ、精神保健福祉士の資格を取得したことと同じ位大きな学びとなりました。



定田康寛(じょうだやすひろ)さん07年入会。会員番号28499芦別市出身。帯広大谷短期大学、社会福祉科社会福祉専攻卒。 社会福祉法人網走福祉協会に就職し、平成19年より地域包括支援センターあばしり東に配属。保育士 社会福祉士 精神保健福祉士平成20年度精神保健福祉士国家試験に合格! 

人の日記を読むのは読んでいて 恥ずかしくなる・・・(武田学さん)

武田学でございます。
自身初エッセイでございます。こんな私が徒然なるままに書き記しますので読むに堪えないと思いますが、そんな時には楽しい事を想像しながらでも、最後まで読んでください?

 昨今、ネット上ではブログが横行しております。中身を見ると毎日の暮らしの中で気付いたこと、感想など書いているではありませんか。日記を人に見せるのはその人の地が出るので読んでいて恥ずかしくなるのではと思っていたんですが、なんとなく読んでしまいます(それを見ている時の顔がたまにニヤけるので気持ちが悪いと妻に言われます)。すごいのは毎日続けていることです。感受性が豊かであることと、我慢強くないとできないですよ。

 現在、私はハヤカワプランニングという介護事業所向け経営塾に通っております。介護新聞を読んでいる方はご存知かもしれません。このハヤカワ先生もブログを毎日アップしています。中身はハッと思わされることが多く、学びがありますので、よかったらご一読ください。
ブログでなくても毎日日記を書いている人って、利用者さんにいませんか。1日坊主の私にとってはもうエライ人です。継続は力なりって、こういうことなのかしら。よしっ!!俺もっ!!!って、ちっともやる気にならない・・・。



武田学(たけだまなぶ)さん(会員番号28341、精神保健福祉士、介護支援専門員)                             
07年入会。紋別市道都大学社会福祉学科を卒業後平成10年に北見市介護老人保健施設いきいきに就職。支援相談員、居宅介護支援事業所及び施設の介護支援専門員を経て、現在北見市東部・端野地区地域包括支援センター管理者。北見市地域包括支援センター連絡協議会会長、北見市タウンミーティング運営委員会代表、北見市介護支援専門員連絡協議会事務局長などを併任し、地域福祉のために精力的に活動されています。
座右の銘は「一期一会」
昔のあだ名は「ピーナッツ」!?